Himalayan snowboarding 江昌秋

2024年1月31日


世界中の登山家を魅了する、標高7,000mから8,000m級の山々が東西2400kmに連なるヒマラヤ山脈。ここでスノーボードをするという発想は常人の理解の範疇を超える。2017、2019に続き3度目のヒマラヤトリップに挑んだスノーボーダー江昌秋。彼の手記と、旅の発起人であるフォトグラファー魚住司氏の写真で、旅の一部をご紹介する。

Photo: Tsukasa Uozumi

Text: Masaaki Irie

 

2023年3月2日。僕達はネパール、トリブバン国際空港行きのチケットをポケットに成田に集合した。3度目になるネパールトリップは、2017、2019にあの場所に残してしまった自分達の気持ちを取り戻しに向かう旅だった。
無限にありそうな斜面を目の前にその全貌すら見せてもらえず、これまでの旅は突然終わりを告げられた。今までの鬱憤や妄想、課題がそのままあの場所に残っている。おそらく全員が何か物足りないまま過ごしていただろう。最終的に自分たちの判断だが、やり残した気持ちが自分の中にもあって、ふとした時に考えるヒマラヤの広大な斜面でのスノーボーディングに対する気持ちは、心の片隅にいつもあった。

2022年11月、海外どころか日本国内ですら移動しづらい空気感がまだ少しある中、そのタイミングは訪れた。
その誘いは突然だった。そろそろどうかな。なんて思っていたシーズン手前の寒くなって来た頃。この数年間、心の片隅にあった「もう一度あの場所へ行きたい」という思いは、やはり全員変わらず、話はすぐに進んだ。

時期は変わらず3月頭。今までの経験を生かして、何としてもベースキャンプに滞在可能なMAX10日間、山と向き合いスノーボードができる体制を整えた。後は現地の雪と天気と自分達と運次第。
メンバーは、カメラマンで旅の発起人の魚住司。ライダーはハッシー(橋本貴興氏)とケイ(中西圭氏)と自分。さらに今までの旅の写真集を編集してくれていたヤスラ(保良雄氏)も加わって5人で成田を出発した。

マレーシアを経由して4年ぶりに降り立った夜のカトマンズは相変わらず蒸し暑くて砂埃に包まれていた。あの場所でスノーボードする為に申請や移動、トレッキングを含めて雪の上に立つまでに最短でも1週間はかかる。異国の文化に触れ、新緑のトレッキングも気持ちいいが、早く確実に雪の上に立つために全員の気持ちが一致していたと思う。

遥か遠くまで続く谷間のボトムをひたすら歩き続ける。チョムロンでの滞在で2,000mオーバーに少し馴染んでから、次の山小屋を目指してひたすら谷間の川筋まで下る。途中雨にも降られるが、標高が上がれば雪に変わるはずと、信じて重くなりつつある足をまた一歩前に出す。雨の祠に祈りを捧げて少しずつ標高をあげていくと、まぁまぁな勢いで降っていた雨が雪に変わってきた。3,200mの山小屋でもう一泊。周りは雪に包まれていて、豪雪と言われていた2019のヒマラヤンスノーボーディングはここから始まった。

あくる日、前回の旅のベースとなったMBC 3,700m(マチャプチユレベースキャンプ)に辿り着くと、比べると少ないながらもそこはしっかりと雪が積もっていた。2019のファーストランの斜面は雪付きが悪くて滑れなさそうだったが、前日までの雨が雪に変わり新雪の化粧をして出迎えてくれた。
目指すはABC 4,130m(アンナプルナベースキャンプ)だが、早速今まで荷物として束ねられていたスノーボードの梱包をほどいて、滑る為の準備をする。翌朝、ABCまでのトレッキングルートから良さそうな斜面を探す。そこの間はスキーエリアになっていて、ヘリスキーやハイクアップで斜面を目指す好き者達の広場になっている。
4年ぶりに踏みしめるヒマラヤの降りたての雪を朝の内にまず一本。3人とも思い思いのファーストランを味わい最初のハイタッチを交わす。またこの場所に戻って来れた事を実感する。ABCまでのトレッキングルートを歩きながら他の斜面をチェックする。随分とヘリツアーらしきラインの集まりを見かける。どうやら以前とは少し雰囲気が違うのを感じていた。

いよいよ今日から10日間、ここをベースにステイできる。泣いても笑っても10日間のヒマラヤンスノーボーディング。これからの天気予報をみて、次の日は久々の4,000mに慣れるためABC周辺のショートな斜面をチョイスした。ベースキャンプの真裏にある、その斜面こそが2017に唯一滑れた場所でもある。その時と同じドロップポイントにケイと2人で立って、周りの景色をよく見てみる。2017はゆっくり景色を見る様な時間もなく、何とか1本滑って救助ヘリにつめこまれての下山となった。改めてこのエリアの広大さと、滑り手が増えてラインだらけになった周りの斜面を観察する。予報が当たれば今日の夜少し雪が降って朝にはまた晴れるはず。明日の天気に期待を寄せつつ、思い出の裏庭でタンデムランを楽しんだ。


ABC滞在2日目、いつもより早めに起床し、料理担当のジャガダイからランチボックスを貰う。目指すはヘリツアーでは着陸やトラバースが難しくて来ることができない斜面。そこはツアーのラインもなく、かつロングランなラインや3人で分け合えそうないい地形が残っている場所。前日の残ったラインを利用して標高を上げながらハイクアップする。少し標高に慣れてきてはいるが、息が乱れたらやばい予感がする。

地形やアングルを皆で相談して、ハッシーからドロップ。ドロップする後ろ姿を見送り、遥か下のトレッキングルートに現れるのを確認する。司からの無線で素晴らしい1本だったことは伝わってきた。ドロップポイントはロックバンドというか大きな岩山の下をトラバースしていかなければならない。
ヘリの着陸できるような場所はないので手付かずの斜面が残されている。岩山の間からは朝日で温まった雪がスラフになって沢筋に集まっている。
もう少し標高を上げてトラバースする。上からのスラフと自分の足元で雪崩を起こさないようにそっと滑りぬける。スラフ帯を抜けると目的の尾根ラインの上にうまく立つことができた。対面にいる司から確認できていると無線が入る。後は広い斜面でラインを間違わないように、崖から落ちないように自分を信じて滑るのみ。

ドロップを告げて無線をポケットに入れる。1,000m近くある標高差と大きな斜面。時間にして1分40秒のロングラン。正直、途中で我を忘れられる位気持ちよかった。ABCに戻り、もはや定番となった温かいラムで乾杯する。

ケイが撮ってくれたラストランの動画を見返すたびに、最後に味わったヒマラヤンスノーの感触を思い出す。
今回の旅のルーティーン通り、昨夜のうちに降り積もった新雪の上で板を走らせる。大きな沢の上部にはボトムに降りないように先導された何本ものラインがうっすらと残っている。それらを横目にスピードに身を委ね、この場所の重力と遠心力を全身で受け止める。出来る限りのビッグターンで大きなRを味わい、最後のシュートを駆け抜けた。

ボトムにつくと、司とアシシが満面の笑みで迎えてくれた。ツアーが手をつけないこの大きなRは、この旅を締めるに相応しい素晴らしいラストランだった。


<PROFILE>

江 昌秋 Masaaki Irie

1980年10月23日生まれ

三重県出身/北海道在住

スノーボード歴28年

@himalayan_snowboarding_region

15歳でスノーボードに出会い、雪の魅力に取り憑かれ18歳で北海道に移住。
ホームマウンテンはテイネハイランド。その日の最高な瞬間を求めて冬をすごしている。
某スノーボードメーカーのフリーライド系プロダクトに携わり自分好みの楽しみ方を提案。Mixed nuts session、DKC bowl等のイベント用パーク制作に携わる。
ここ数年は、夏は家族サービスをこなし、冬はスノーボードを楽しみつつ、隙を見て未知なる斜面を求め各地へトリップを目論んでいる。
フォトグラファー魚住司の導きで3回目のネパールトリップを成功させた。

<着用ウェア>

HIGHLINE PRO TRAVIS RICE 3L GORE-TEX® JK

HIGHLINE PRO 3L GORE-TEX BIB