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My Thoughts. ハワイ #3 Micro

2018年4月13日


 

クイックシルバーとのつながりが深い4人が統一キーワードをもとに、リレー形式で語っていく「My Thought」。2周目のテーマはハワイ。本格派のサーファーでもある音楽アーティストのMicroにとって、ハワイはすべての源泉だそう。

 

 

Q ハワイへのイメージを教えてください。

 

ぼくが最初にハワイに行ったのは、3歳とかホントに小さいときでした。サーフィンをはじめたのもハワイです。ノースショアのハレイワで、小学校1年のときに。ボディボードはもう少し早くて、幼稚園のときでした。場所はワイキキのクイーンズですね。

 

父親が東京でずっとサーフショップをやっていたんです。そして、1980年に独立。相方は日系ハワイアンのグレン・ミナミというシェイパーでした。で、ぼくは気づいたらシェンという、ハワイにずっといた子と組んで。相方になってからもう15年ぐらい経ちます。

 

 

親子2代でハワイの人がパートナー。波乗りと音楽、ファッションもそうだけど、ぼくにとってハワイは、インスピレーションのすべての源泉だったと思います。洋服の着こなしや髪型はハワイの子を意識したし。仕事や趣味、特技も大好きなことすべて。音楽も、ハワイのラジオを聴いて勉強してきました。

 

 

Q 音楽でインスパイアされたことは。

 

いちばんの大もとは、中学生の頃に擦り切れるほど見ていたケリー・スレーターのシグネチャービデオに使われていた『サーフ』という曲。カアウ・クレーター・ボーイズという2人組の楽曲なんですけど、1曲のなかにノースショアのパイプラインとか、サウスショアも含めて、ポイントの名前がいっぱい出てくるんです。

 

その作品のおかげでハワイアンレゲエが体に染み込んでいて。シェンと初めて会ったときに彼らの音楽の話で盛り上がって。で、2人で歌いはじめてDef Techが生まれたんです。

 

小さい頃からハワイでよくラジオを聴いていました。時間帯によって、ちゃんといい曲がかかるんですよ。夕方4時から5時、6時となってボブ・マーレーがかかりはじめて、深夜は深夜でロケーションと時間帯に合った曲が流れる。それは20年経ったいまも変わらない。普遍的な曲がかかるんですよね。そういうのを聴いてぼくらは育ち、自分たちがミュージシャンになったときに「これで良かったんだ」と思いました。2005年とか2006年ですね。

 

 

ジャック・ジョンソンのハワイとサーフィンと音楽という流れが出てきた当時、日本にはまだサーフィン・ミュージックが全然浸透していなかった。湘南が見えてくる音楽はあったと思うんですけど、ハワイが見えてくる音楽は日本にはまだなかったと思います。

 

 

【プロフィール】

Micro

1980年生まれ。東京都出身。ハワイ出身のShenとの音楽ユニットDef Techのキークリエイター。 2005年リリースのファースト・アルバム『Def Tech』は、飛躍のきっかけになった楽曲 "My Way" が収録されていたこともあり、250万枚超のダブルミリオンを販売。歴代インディーズ作品のセールス記録を塗り替えた。以後、自由な音楽活動を続けながら、近作『Eight』など8枚のオリジナル・アルバムを発表。その一方で、2015年には自身初となる単独野外ライブを開催したほか、ハワイや台湾などでも公演。昨年行われた国内ライブツアーDef Tech "IAPANA" Tour2017では、北は北海道から南は沖縄まで、全国17の会場でメッセージを届けた。