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Kelly Slater/ケリー・スレーター



生年月日:1972年2月11日
出身地:フロリダ州ココアビーチ
現在の居住地:ハワイ
身長:175cm 体重:73kg スタンス:レギュラー

成績:世界タイトル9回。WCT優勝 前人未踏の40勝を上げる(2008年パイプラインマスターズ)。パイプマスターズ優勝6回。クイックシルバー・ビッグウェーブ・インビテーション優勝1回。1ヒート2つの波の合計で最高点。サーファー・ポール・アワード(サーフィンマガジンによる世界一のサーファーの投票)1位12回。サーフィン・ホール・オブ・フェイム(世界的に有名なサーファーの足型や手形などを集めたサーフィンの博物館)のメンバー。歴史上最も優れたサーファーとして広く知れている。

ケリー・スレーターはサーフィンをするために生まれたような男である。6歳でボディーボードに立ちサーフィンの大会で勝っていた彼は、まさに天賦の才があったと言える。彼は12歳にして世界中が注目するサーファーの1人となり、18歳時にクイックシルバーよりスポンサーを受けることとなる。史上最年少かつ最年長での世界チャンピオンになったことにより、歴史上最も優れたサーファーと言われるようになった。

その業績には、世界タイトル9回、パイプマスターズ優勝5回、エディー・アイカウ優勝1回、メジャーアルバムのリリース、ベストセラーの自伝とビデオゲームの発売、サーフギアの会社”Komunity Project”を設立、シリアス・ラジオ・ショーというラジオ番組の司会、そして著名人が参加するフィジーでのサーフイベントの開催などがある。

彼は幼少時代けして裕福な家庭環境で育ってはいないが、その事実を糧に今では世界一のサーファーと呼ばれるまでになった。彼が育ったフロリダ州ココアビーチはパイプやチョープーなどといったメジャーポイントは近隣には存在せず、いい環境下でサーフィンをしていたわけではない。それでは彼はどうやって世界一と呼ばれるまでのサーファーになったのだろうか?それはサーフィンに対する熱い思いであった。必ずしも環境は良くなかったが、彼は毎日8時間海に入るほどサーフィンというスポーツが大きなものになっていたのだ。

ケリーのサーフィンは、テールスライド、カービング360、エアーリバース、ロデオクラウンなどのすべての技を作り出し、革新させている。現在、世界のトップクラスのサーファーたちは世界的に受け入れられた「ニュースクール」マニューバーを持つ。サーフィンの用具には大きな変化見られないことから、彼がサーフィンを始めていなかったとしたら、今頃このスポーツは活気がなく、人々は今でも1989年当時と同じようにサーフィンしていたことだろう。だが、今の若手がすべきことは、新しいサーフィンのビデオや雑誌で、彼が今までで最高のサーフィンをしている姿を見ることだ。彼は今もなお、最新のマニューバーや革新的な波乗りへのアプローチを作り出している。

90年代半ば、ツアーでケリーに負けることに疲れたサーファーたちは、彼のことを「ザ・フリーク(化け物)」と呼ぶようになった。それは賛辞の意味が込められているが、どういうわけか、彼はどこか宇宙人に思えるところがあるという印象を生み出すことになった。しかしそれは公正なあだ名ではない。なぜならケリー・スレーターはただの人間だからである。海の上では、彼は人間を超えたようなパフォーマンスを見せるがいったん海から上がると、彼は私たちとまったく同じなのだ。